バイリンガルやトリリンガル以上を目指す育児環境は、子供の脳にどんな影響を与えるのか。
僕は日本でモノリンガルとして育ち、大人になってから英語とフランス語を習得した。一方、妻はフランス人で、5ヶ国語以上を話すポリグロットだ。
そんな僕たちの息子は、1歳半から2歳半の間、僕たちと共に世界中でデジタルノマド生活を送ってきた。将来は息子にもトリリンガル以上になって欲しいと願っており、この1年間は、息子がどのように言語を学び吸収していくかを間近で見てきた。
今回の記事では、この体験をもとに、バイリンガル・トリリンガル育児について考え、世間で言われているバイリンガル・トリリンガル教育のメリット・デメリットも考察したい。
バイリンガル・トリリンガル育児が脳に与える影響
バイリンガルやトリリンガル環境で育つことが、子供の脳にどのように影響を与えるのかは、近年多くの研究で注目されている。母語の基盤がしっかり作られない可能性などデメリットも指摘されているようだが、僕たちの息子に他の選択肢はなく、まずはメリットに注目したい。
言語が脳の発達に与えるポジティブな効果
多言語を使う環境にいると、脳の認知機能が高まり、問題解決能力や柔軟な思考が促進されるとされている。これは、異なる言語を切り替えながら使用することで、脳が常に新しい刺激を受けているためだ。
バイリンガルやトリリンガルの環境で育つことで、子供の脳はより多様な視点を持ち、複雑な課題にも柔軟に対応できるようになるらしい。
多言語環境で育つ子供のメリット
多言語環境で育つ子供は、言語だけでなく、異なる文化や価値観に触れる機会も多い。また、複数の言語を理解することで、他者とのコミュニケーションが円滑になり、社会的なスキルも高まることが期待できる。
このような環境で育った子供は、異なる文化の中で自信を持って自己表現できるようになり、中立的な立場で物事を判断できるとも言われている。
トリリンガル以上の育児の事例は?
トリリンガル以上で育った子供たちの成功事例も多く見られる。
例えば、親が異なる言語を話す家庭で育った子供は、自然と複数の言語を習得し、それを基に将来のキャリアを築くことがある。
また、トリリンガル環境で育った子供たちは、学校での成績も良く、異文化に対する理解力が優れていると報告されている。他には、脳内で活性化される神経経路の接続数が増加するため創造性が豊かになり、情報処理能力も高くなることが分かっているようだ。
デジタルノマド生活と息子の言語適応能力
まずは、僕たちが世界中を旅しながらデジタルノマド生活を送る中、1歳半から2歳半までの1年間で、息子の言語適応能力がどのように発達してきたかを振り返ってみたい。
1歳半から2歳半までのデジタルノマド生活の様子
デジタルノマド生活を再開する以前の息子は、フランスで約4ヶ月間、保育園に通っていた。パリでの生活については、以下の記事で紹介している通りだ。それまでは、主にフランス語、僕が話しかけるときは日本語、ときどき英語を使うという感じの生活を送っていた。
その後、僕たちは1年間、ギリシャ、アラブ首長国連邦、タイ、ベトナム、マレーシア、日本といった様々な国の異なる都市を訪れ、各地の文化や言語に触れながら生活をしてきた。
息子はこの間、フランス語・日本語・英語の3ヵ国語に加え、タイ語、ベトナム語、中国語、ロシア語、マレー語などの異なる言語を聞き、話す機会をたくさん得た。英語のアクセントも地域により様々で、これらの経験は、息子の言語適応能力を一気に高めてくれたと思う。
多文化体験が言語能力に与える影響
世界中の様々な地域を訪れる中、息子は異なる文化に触れる機会も多く得てきた。
人々の格好と立ち居振る舞い、街の雰囲気、自然環境、良く利用する移動手段、公園の遊具、気候など、幼児期に多くの文化を目で見て、肌で感じてきた経験は、何ものにも代えがたい。
ルーヴル・アブダビ美術館、マレーシア国立博物館、京都市京セラ美術館など、美術館巡りもしてきたし、ベトナムのホイアンでランタン祭り、タイのクラビでアイランド・ホッピング、京都の鴨川沿いでピクニックなど、多種多様な経験を積んできている。
ベトナム、マレーシア、タイでは、幼児向けの遊具が併設されているキッズカフェ、イオンが運営する「kidzooona」のような有料プレイグラウンドへも、頻繁に連れて行っていた。子供の立ち居振る舞いも国ごとに特徴があり、それも刺激となった。
もちろん、言語の切り替え、環境の変化に何のストレスも感じていないというわけではない。
最初は戸惑いもあったようだが、息子はどこへ行っても柔軟に対応し始めた。多文化環境での生活は、息子にとって言語の習得だけでなく、異文化理解や多様な価値観を受け入れる能力を育む場にもなったようだ。
2歳半のトリリンガル脳を独り言から考察
僕たちは子連れでのデジタルノマド生活を1年3ヶ月間続け、息子は2歳9ヶ月になったが、2歳半頃からは、独り言でも3つ以上の言語を使い分けるようになってきた。
具体的には、父親の僕と一緒にすることの多いおもちゃ遊びでは日本語、保育園で習ってきた遊びを再現するときには英語、ままごと遊びで自己主張をするときにはフランス語、といった感じである。また、感情的に喜びを表すとき、僕たちも知らない言葉を使う時がある。一緒に遊んだことがある「他の母国語を持つ子供」の言動を思い出しながら、真似しているらしい。
これだけを聞くと、単にシチュエーション毎に違う言語を習得しているだけのように思うかもしれない。ただ、決してそんなことはなく、話す相手によって受け答えをする言語はしっかり瞬時に選べており、彼の「脳」は言語の切り替えを自然に行っていることを示している。
フランス人の妻の影響:育児環境の多様性
僕たちの息子の場合は、母親がフランス人で5ヶ国語以上を話すポリグロットのため、彼女の育児スタイルおよび言語教育に対する考え方は、育児環境にも大きな影響を与えている。
フランス人女性の特徴と育児スタイル
フランス人女性は一般的に自立心が強く、子供にも早くから自主性を持たせる傾向がある。
妻もその例外ではなく、息子が自分で考えて行動できる力をつけられるように工夫しており、また、フランス文化の中で育まれた価値観を息子に伝えながら育児を進めている。
僕たちが特に気を付けてきたのは、子供扱いをせずに、息子の意見を尊重するということだ。これは言葉が話せるようになる以前から、ベビーサインを教えて実践してきた。
赤ちゃん言葉を使ったりしたことも一度もなく、日常の中でも、まずは息子に選択肢を与えるようにしている。時折、自己主張が激し過ぎることもあるが、そんなときでもなるべく理由を説明し、納得してくれるまで時間を掛けるよう心掛けている。
ポリグロットの妻から学ぶ言語教育のヒント
僕にとって、5ヶ国語以上を話す妻の言語教育に対する考え方はとても参考になる。彼女は、遊びや日常の中で自然に言語を学ばせることを重視しており、強制的に教えることはしない。
僕の場合、アルファベットのフラッシュカード、ひらがなの五十音表などを使い、単語なども暗記させようとしてしまいがちだ。0・1・2さいのことばずかん500(英語つき) は息子も非常に気に入ってくれ、日本語と英語の語彙を大幅に伸ばしてくれた。
ただし、妻はあくまでも「楽しく学べる環境を作ることこそが重要」と考えている。そして、それぞれの言語で誰かとコミュニケーションをとるシチュエーションを与えることが、何より大切なのだ。また、それらのシチュエーションは家の中でなく、外にあると。
いつも同じ場所、同じ人と、同じことをするより、様々な経験をさせるように心掛けている。
マインドブロックがないことも大きなメリット
妻が息子に与えているもう1つの大きな影響は、言語習得に対するマインドブロックがないということだ。妻自身、5ヶ国語を話して友人を作るのが上手だし、息子は常日頃からその母を目の当たりにしている。
また、僕もシチュエーションに合わせてそれなりには英語とフランス語を話すため、息子には「複数の言語を話すのは普通」という感覚があるはずだ。
この「自分は母語しか話せない」というマインドブロックが『ない』メリットは大きい。
様子を見ていると、中国語、ロシア語、タイ語などその他の言語に対するマインドブロックはやはりあるみたいだが、フランス語、日本語、英語の3ヶ国語に対しては自然に接しており、これらの言語を前向きに習得する助けになっていると感じる。
バイリンガル・トリリンガル育児の実践例
次に、僕たちの家庭で行っているバイリンガル・トリリンガル育児の具体的な方法について、もう少し詳しく補足・紹介しておきたい。
我が家で実践している言語教育の方法
僕たちは、家の中では基本的に日本語とフランス語を使い分けている。日常生活の中で、妻がフランス語を、僕が日本語を話すことで、息子は自然に両方の言語を学ぶ環境にいる。また、ときどき英語も取り入れることで、息子が異なる言語に触れる機会も増やしている。
ただし、勉強する時間割を作って言語を教えるというような感じではなく、あくまでも自然に切り替えている。そして、僕も妻もお互いの母国語を話せるので、同時に両方の言語を使って話すようなことも多い。
息子がまだ1つの言語でしか知らない単語の場合、同時通訳をしながら別の言語での言い方を説明したりもする。また、息子が成長するにつれて、僕と妻が質問することも出てきた。皆で一緒に言語を学んでいるような形とも言える。
トリリンガル以上の脳を目指す具体的アプローチ
より具体的なアプローチとしては、息子が楽しみながら言語を学べるよう、歌、絵本、動画、ゲームなど、3ヶ国語を基本にバランス良く見聞きさせ使わせている。
なお、日が変われば、同じ内容の遊びを別の言語でしたりもする。ほぼ同時進行で別の言語を学ばせると記憶も新鮮なため、言葉の関連付けがしやすくなるからだ。複数言語で遊ぶことによって、遊びの内容をより深く理解するための助けにもなっていると感じている。
また、言語だけではなく、異なる文化や習慣についても教えることで、世界の地域差や多様な価値観を息子が自然に受け入れられるようにしてきた。例えばだが、モノレールがあったのは日本の沖縄で、高い建物がたくさんあったのはマレーシアのクアラルンプール、ココナッツやプールがあったのは東南アジアで、今いる場所はフランスなど、実によく理解できている。
幼い頃から多言語と多文化を比較しながら理解させることで、トリリンガルとしての言語的な能力だけではなく「よりグローバルな世界で生き抜ける力」も育てていきたいと考えている。
海外の保育園やインターナショナル・プリスクールの経験
海外デジタルノマド生活の中で、僕たちが同じ地域に長く滞在した際には、ベビーシッターを雇ったり、短期ながら保育園に通わせたりもした。モンテッソーリ教育を取り入れた保育園、タイの保育園、インターナショナル・プリスクールなど、様々な環境に身を置いてきている。
英語がネイティブの先生だけでなく、タイ語だけしか話せない先生や、イスラム系の先生にも大変お世話になり、息子は異なる言語や文化に触れる機会をたくさん得てきた。
これらの経験は、息子の言語能力および環境適応能力に大きな影響を与えている。様々な国の先生や子供たちと一緒に過ごすことで、戸惑いやストレスを感じながらもその環境に適応し、普段と異なる言語を使いこなす力を身につけてきたのだ。
もちろん、タイ語、中国語、ロシア語、マレー語など、先生やクラスメイトが話していた言語のうち、日常的に使っている3ヶ国語以外の言語については忘れていっている。ただ、息子のトリリンガル以上の言語能力を育くむ上で、多言語との触れ合いは重要だと考えている。
バイリンガル・トリリンガル育児で大切なこと
最後に、バイリンガル・トリリンガル育児において、僕個人が大切だと感じることをまとめておきたい。
これまでの経験から見えてきたこと
全体的に感じたことは、子供が言語を学ぶ環境を楽しめるかどうかが、言語習得のスピードに大きく影響するということだ。楽しみながら学べる環境を作ってあげることで、息子は自然と言語に興味を持ち、自立的に学び始めた。
もう1つ感じたこととしては、いきなり難易度の高すぎる環境を与えるのではなく、少しずつステップアップできるようにしてあげた方が良かった。苦手意識を持ってしまうと学習意欲が下がってしまうので、また意欲が湧くように勇気づけなくてはいけない。
バイリンガル・トリリンガル脳が育つ育児環境とは?
バイリンガル・トリリンガル脳を育てるには、日常生活の中で複数の言語に触れる環境を作ることが大切だ。言語は生活の一部であり、無理に教えるのではなく、自然に触れさせることが1番だと感じている。絵本や動画などによる学習だけでは、やはり不十分だ。
具体的には、絵本や動画などで見て学んだことは、日常生活の中で見つけられるような場所へ出掛けて脳を刺激するということ。そして、日常生活の中で学んだことも、絵本や動画などで似たものを見せたり、撮っておいた写真や動画を見せたりしている。
同時に、国際家族のメリットを活かし、家族とビデオ通話したりもよくしている。とにかく、勉強には頼らず、日常生活の中で常に複数の言語に触れさせる環境づくりを徹底している。
今後の育児で意識していきたいこと
本来、フランスでは9月に義務教育としての幼稚園が始まるが、僕たちは9月1日から拠点を京都へ移したため、今後は日本の保育園へ通わせながら、来年の4月から幼稚園の3年保育へ通わせる予定をしている。
今後は海外を飛び回るデジタルノマド生活も落ち着き、ほぼ日本で定住する生活をするつもりなので、息子は日本語で日常生活を送ることに慣れていくだろう。
とはいえ、息子が楽しみながら多言語に触れられる環境づくりは継続して実践していきたいと考えている。日常的にフランス語や英語での話しかけをしたり、家族とビデオ通話をしたり、子供向けの国際交流の場を持たせるようにしたり、自然かつ楽しく学べる工夫を意識しながら育児をしていくつもりだ。
息子が将来、複数の言語を通じて世界を広げ、自身の可能性を最大限に引き出せるためにも、僕自身もバイリンガル・トリリンガルとして人生を楽しみ、見本になっていきたい。